めぐりめぐらせ ~ある翻訳者の関心事~

在宅翻訳歴9年目の「めぐり」と申します。分野は「IT/ビジネス」、言語は「英→日」です。 twitter: @meguri_megurase

2016年11月

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最近、ある心境の変化からスペイン語を勉強しようと考えるようになりました。

その理由は、twitterでフォローさせていただいている方が1か月ほど前に紹介されていたこちらのtogetterの記事です。

海外に住む日本人シニアがボケて、日本語しかしゃべらなくなることについて
(※Hiroyuki Takenagaさんという米国在住の方のツイートとその関連ツイートをtazawa(@tazawaw)さんという方がまとめられたものです。)

実は今までプライベートで直接やりとりさせていただいた方を除き公言していなかったのですが、うちはいわゆる国際結婚で、だんなさんの母国語がスペイン語なのです。

公言していなかったのは、ブログとtwitterを始めた目的が「翻訳者」としての自分の頭の中を発信することだったので、「うちの家庭環境は関係ないだろう」と、特にその必要性を感じなかったためです。

英語圏で出会ったこともあり、だんなさんが日本に来て最初のうちは英語で会話していましたが、子どもが生まれたのを機になるべく日本語で話すようになりました。日本でこれからずっと家族で住むためには、だんなさんの日本語習得が最優先事項でしたから。

私自身はスペイン語をどうしても話さなければならない環境に身を置いたことがなく、スペイン語を勉強せずにきました(スペイン語のテキストは何冊か持っていますが、開くたびに男性名詞・女性名詞、その他もろもろの変化形を見ては眠くなり、早々に挫折していました)。いずれにしても、「何かあれば英語でコミュニケーション取れるんだから...」と思っていたのです。

でも、このtogetterを見て少し気が変わりました。「じゃあ実際にどんな勉強を始めたの?」と言われると、だんなさんに自分が知っている単語で話しかけるようになった程度ですが、心境の変化があっただけでも今までの自分からすれば大きな一歩です。

本題に移ると、このtogetterでは、主に海外に住む日本人シニアが話題になっていて、その方たちが認知症やアルツハイマーを発症すると、途中で習得した言語を忘れて母国語しかしゃべらなくなり、現地語しかしゃべれない家族や友人とコミュニケーションが取れなくなるというものです。

このような話は今まで聞いたことがなかったので、最初見たときは寝耳に水、青天の霹靂といった気分でした。将来、自分の大切な家族とコミュニケーションが取れなくなる可能性があるなんて...。なんだか悲しくなって、同時になんともいえない焦りも感じました。

早速だんなさんにこのことを伝え、togetterを読んでもらい、少しずつスペイン語を普段の会話に取り入れることにしました。子どもには強制しておらず、親が会話している様子を見て何か感じてくれればいいなという段階です。思春期にさしかかろうかという年頃なので当分様子を見ようと思います。最近は日本語onlyでしゃべることの多い父子ですが、もう少し小さい頃はだんなさんがスペイン語で話しかけてから日本語で言い直すということをしていました。むすこはスペイン語を話せませんが、簡単な会話なら理解できると思います。あのとき私がもっと協力的だったらなぁ...と悔やまれてなりませんが、過ぎたことを言ってもしょうがないのでこれから少しずつ努力していこうと思います。これまで日本語を覚えようと頑張ってきてくれただんなさんも、自分の母国語を少しずつ覚えようとしている私を見て嬉しそうにしてくれています。そして、そのだんなさんの様子を見て私も嬉しい。

今回このことをブログに書こうと決めたのは、もしかしたらほかにもこの情報を必要とされている方がおられるかもしれないと思ったからです。海外在住の方もおられるでしょうし、うちのように日本に住んでいてパートナーの母国語をしゃべれない方もおられるでしょう。もちろん誰もが将来母国語しかしゃべれなくなることはないと思いますが、私がこのtogetterを今知って良かったと思ったように、そう思う方もおられるかもしれないと...。何かあっても知っていたのと知らなかったのとでは大違いですから。

最後に、このトピックをtwitterで発信してくださった方、togetterにまとめてくださった方、togetterを紹介してくださった方、ありがとうございました。この情報は私にとってeye-openerとなりました。

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日増しに秋も深まり......なんて思っていたら、関東では雪ですか。

まったく秋を満喫していないうちから冬の到来を感じさせる今日この頃、

せめて何かひとつくらいは秋らしいことを...と思い、三井寺の夜間拝観へ。

先週末(18日)に始まったばかりなのに、もう今週日曜日には終わるそうです。

なんだかさびしい......紅葉狩り、皆さまもお早めに。

ちょうど今日の夕方、関西のテレビ番組で三井寺が映っていて知ったんですが、

秋の夜間拝観は去年から始まったそうです。

山裾から中腹にかけて建物が点在していて、けっこう見ごたえがあります。

私は19日に行ったのですが、石段を登り切ったところにある本堂近くの

舞台では、若者4人組によるコンサート(ボーカル、二胡、ギター、

シンセサイザー(たぶん))が開かれていて、ゆったりとした歌謡曲と

淡いスポットライトを浴びた紅葉のグラデーションで癒されてきました~。

桜の季節に行くのもおすすめです(桜の方が有名かも)。

今回、息子のリクエストで春に引き続き三井寺になったんですが、

お目当てのみたらし団子がおでんに変わっていてちょっと残念そうでした。

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さて、「twitterでいつかつぶやいたことある」シリーズが続いていますが、今回もそんな内容です。

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日本語では単数形と複数形を英語ほど明確に書き分けないですよね。ただ、一文字足すだけで表現に奥行や広がりが出る場合もありますね。たとえば、「層」、「陣」、「帯」なんかがそうですね。「客層」とか「教師陣」とか「価格帯」とか。

ほかにも、

「諸」:諸事情、諸国...
「各」:各種、各国...
「方」:先生方、奥様方...
「列」:車列、列強...
「団」:使節団、代表団...
「類」:規格類、鳥類...

など、いろいろと挙げられます。

また、私の扱う文章では「the researchers」という表現がよく出てくるんですが、その研究者らが目的を同じくする集まりだった場合は「研究チーム」とすることもあります。そう考えると、英語の複数形は日本語では何らかのグループとして一塊で捉えることが多いのでしょうか。

英語の複数形を日本語で同じように表そうとして真っ先に思いつくのが、「国々」、「~たち」、「~ら」、「さまざまな」、「多くの」という直接的な表現ですが、上記のような表現をたくさん自分の引き出しに入れておくと日本語の文章に深みが出るかなと思っています(もちろん、直接的な表現も文脈によって効果的な場合がありますよね)。

さらに、人の集まりを「顔触れ」と表現したり、「選手団」とした後に「一行は」と言い換えたり、英語では単に同じことばが繰り返し使われている場合や代名詞が使われている場合でも、日本語では文脈に応じて言い方を変えてみるのもいいですね。

一文字足す以外にも、動詞で「複数形の重み」を表すこともできますね。「並ぶ」は「軒を連ねる」、「集まる」は「一堂に会する」とするなど...

奥行や広がりという観点から言うと、「場」や「面」なんかも。「発表の場」とか「多面的に」とか。「~という点では」というのと「~という面では」というのとではちょっと違います。

話があちこちに飛びましたが、いわゆる「直訳調」か「こなれた文章」かの違いってこういうところにもあるんじゃないかなぁと思います。最近、AIによるニューラル翻訳が話題になっていますが、こういうことばの選択こそ人ならではの感性がものをいう場面ではないでしょうか。

引き出しやポケットにこうした奥行や広がり、重みを感じさせることばをたくさんストックして、いつでも出せるようになりたいな、その場その場でぴったりの表現を使い分けられるようになりたいな、と常々思っています。頭ではわかっていても、いざ原文を目の前にすると横のものを縦に置き換えるのに必死でなかなかその境地に達しないのが悩ましいところですが、それにはやはりインプットしたものを日頃からアウトプットする練習が必要なんでしょうね。

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私の場合、実際にやりとりされているビジネスレターを訳す機会はありませんが、たまに手順書などにくっついている「ビジネスレターのテンプレート」を訳すことがあります。

英語のレターではいきなり本題から入ることが多いと思うのですが、礼儀を重んじる日本の商習慣にはなじまないことも...

そんなとき私は、本文の冒頭に「平素は<社名>の製品(サービス)をご利用いただき誠にありがとうございます。さて、......」というように一文加えています。

このくらいまでは翻訳者の裁量の範囲ではないでしょうか(時候の挨拶まではやりすぎですね)。あとは申し送りに一文加えたことを明記しておけばいいと思います。実際、そうして翻訳会社から何か言われたことはありません。

もちろん何も加えずに原文を活かして自然なビジネスレターになれば一番ですね。たとえば、「このたび、......」と始めて違和感がなければそうします。

言うまでもありませんが、そのビジネスレターの目的が何で、宛先は誰か、ということを意識して都度判断する必要がありますね。

また、最後が「Thank you.」で終わっている場合、どう考えても「ありがとうございました。」はおかしいですね。これもそのレターの目的や直前の文に合わせて、「ご意見・ご質問がありましたらご連絡ください。」、「ぜひご応募ください。」、「よろしくお願いいたします。」、「何卒ご了承ください。」などなど、いろいろ工夫できそうですね。

ちなみに、プレゼンテーションの最後の「Thank you」は「ありがとうございました」や「ご清聴ありがとうございました」としている例が多いように思います。

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京都国際マンガミュージアム、皆さん行かれたことありますか?私はまだありません。

各国語のサイトもあるし、Facebook(FB)にも英語版があるので、「翻訳書も置いているのかな?」と思ってFBにアップされている写真を眺めていたら、フランス語コーナーの写真がありました。英語をはじめ他の言語に翻訳されたマンガもありそうですね。展示物には英語の説明も併記されているようです。マンガを描いてみるワークショップなんかも楽しそう。

以前、海外からうちに遊びにきた18歳の男の子が日本のマンガやアニメで育ったと言っていたので、外国からのお客様を連れて行くのも良さそうですよね。どうしても京都というと神社仏閣がメインの観光になりがちなので、たまにはこういうのも新鮮でいいなと思いました。

機会があれば行ってみたいと思っています。行かれたことがある方は感想を教えていただけるとうれしいです。(^^)

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私が扱うIT分野の英語原文にはかなりの頻度で略語が出てきます。

そして、大まかに分けて①原文中に略語しか出てこない場合と、②初出時には正式名称でそれ以降は略語になる場合の2パターンあります。

①原文中に略語しか出てこない場合

その略語が何を意味するかわからないと正確な翻訳は無理なので、用語集に載っていない場合は、(A)クライアント(お客様)サイトでサイト内検索をかけるか、(B)ネットで検索します。(A)か(B)、どちらを先に行うかは文脈でだいたい目星をつけています。

(A)クライアント・サイトでサイト内検索をかける場合

たいていは社内の役職名や製品名の略称だったりします。ただ、社内で複数の異なる名称に同じ略称を使うというトラップもちょいちょいあるので、注意が必要です。最初に見つけた正式名称とおぼしきものが、翻訳対象文の文脈に合うかどうか確認しなければなりません。

※ただ、略語しか出てこない文書は、たいてい社内文書や協力会社と共有する準社内文書だったりするので、意味を理解するだけで訳文でも略語のまま使うことが多いです。

(B)ネットで検索する場合

原文中に略語しか出てこない場合はたいていメジャーな団体や機関、業界標準、規格類の略称だったりするので、比較的すぐに見つかります。

※対象読者やドキュメントの種類によって、メジャーな略称の場合は訳文でもそのまま使い、マイナーな場合は正式名称をカッコ書きで補うこともあります。


②初出時には正式名称でそれ以降は略語になる場合

基本は①と同じですが、私がいつも注意しているのは、「初出時には正式名称のみで、それ以降はいきなり略語になる場合」の処理です。

たとえば簡単な例でいうと、原文で初出時は「Information Technology」、それ以降は「IT」となっている場合、訳文で初出時は「情報技術」、それ以降は「IT」としてしまうと、訳文の読者には「情報技術 = IT」だとわからない可能性があるわけです。

そんな場合は、たとえ原文でそうなっていなくても初出時に「情報技術(IT)」とカッコ書きを補っています。

こういう②のケース、けっこうあります。しかも、2回目以降の略称がずいぶん後になって出てくるケースも...

「情報技術 = IT」ならピンとくる読者もいるかもしれませんが、機関名など正式名称が長く、日本語の定訳があるもの、たとえば「欧州ロケット開発機構」ならどうでしょう?後からだいぶ離れて「ELDO」と出てきても、(専門家ならいざ知らず)一般読者にはこの2つが同じものだとはわからないでしょう。そこで、初出箇所に戻って「欧州ロケット開発機構(ELDO)」とカッコ書きを足すわけです。

ちなみに、略語のほうが一般的にメジャーな場合は、原文でたとえば初出時に「Information Technology」となっていても「IT(情報技術)」と略語の方をカッコの外に出してしまうというように、ケースバイケースで処理しています。

何かの略語が出てきたときに上記のことを頭の片隅に置いておくと、より読者に寄り添った訳文になりますよね。こういうのは「原文の表記どおり」四角四面に対応するよりも、柔軟に対応すべき部分だと考えています。

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皆さんは、「high level」と見て真っ先にどんな訳語を連想しますか?

「高度」、「高水準」、「上層部」などでしょうか?

でもちょっと待ってください。その訳語、文脈に合っていますか?

「high level」は上記のほか、「大まかな」や「概要」という意味でも使われます。

たとえば、「This document provides a high-level view of ~」なら、

「本書では、~の概要を示します(~について概説します)」となります。

わからない単語を辞書で調べるのはもちろんのこと、

「意味を知っているはずなのに、なんとなく文脈に合わないな」と感じたら、

いったん立ち止まって英語サイトをはじめネット上の用例や解説を

調べてみることも大切ですね。

twitterでもつぶやいたのですが、私はときどき翻訳された日本語版のWebページを原文(英語)とは突き合わせずに読むようにしています。純粋な日本語として。

もちろん訳文ということでは自分の成果物を日常的に嫌というほど見ているわけですが、なかなか自分の「クセ」には気付けないもの。また、その時点で原文が頭の中にあるので、知らず知らずのうちに英語の表現に引きずられているということもあるでしょう。そこで、一読者としてほかの翻訳者さんが訳したものを見て、どこで「ひっかかる」かを客観的に考えてみようというわけです(そして、自分の訳文も客観的に見られる目を養いたい)。

日本人が日本語で書いたお手本のような読みやすい文章に触れるのも大切なことですが、上記の作業を「仕事から離れて」することで見えてくるものも確かにあります。「この言い回し、わかりやすいな」、「ちょっとここ不自然だな」、「この表現、すてきだな」、「どうしてこんな訳になってしまったんだろう」、「この語順だとどちらの意味にも取れてしまって誤解を生むな」、「こうしたほうがスッキリするな」などなど...(都心ならそういった勉強会に参加できる機会もあると思いますが、地方で小学生の子どもがいる身だとなかなかそうもいきません。だからせめてもの「ひとり勉強会」です)。

先日、同じように某社のブログ記事を見ていました。CEOがどこかのカンファレンスで行った基調演説の内容です。原文を確認しなかったので推測ですが、2000ワードほどのものだったと思います。内容にもよりますが、1人の翻訳者が1日でできる分量といえるでしょう(実際にそこまで専門的な内容ではありませんでした)。

読み進むうちにあることに気付きました。どうやら3人の翻訳者さんが分担したようなのです。途中で2回、明らかに文体が変わりました。

1人目は言い回しも凝っていて、CEOにふさわしい言葉遣い。読みながら「なるほどなぁ」、「いいね」という表現が随所に見られました。

変わって2人目は、日本語で読んでもたどたどしい表現。おそらくCEOが「We」と言ったところをすべて「私たちは」と訳出していて、セグメントごとに「私たちは」から始まるほど「私たちは」のオンパレードでした。ちなみにこのブログ記事、Trados案件ではないはずです(もちろん、翻訳者さんが自主的にTradosを使用している可能性もありますが...)。1人目が良かったぶんギャップが大きすぎて、不自然さが際立っていました。

そして、3人目。「ここはこうしたほうがいいかな」という表現もありましたが、全体的にすっきりと素直な訳文で好感が持てました。おそらくコンスタントにこのくらいのパフォーマンスが出せれば、産業翻訳者としては安泰なのじゃないかなという感じでした。

まぁ、こうして人様の翻訳を見てえらそうに言っていますが、別に誰かの成果物をディスるためにやっているわけではありません。私にとってこの作業はけっこういい勉強になる(自分の訳文を省みるきっかけになる)のです。

さて、期せずして今回は1つの記事で3人の翻訳者さんの訳文を見比べる機会を得たわけですが、やはりこうした「読み物系」の文章ではそれぞれの個性が否が応でも浮き彫りになってしまいます。ましてやCEOによる基調演説という、それ相応の言い回しが求められる場面では。

さぁ、ここからがタイトルどおり本題です(いつも前置きが長いですね)...

前述のとおり、この記事、おそらくまる1日あれば1人の翻訳者でも十分に対応できた分量です。もし1人目の翻訳者さんが全量を担当されていれば、CEOの基調演説にふさわしい、すてきな日本語版の記事になっていたでしょうし、3人目の翻訳者さんなら全体的にすっきりとした読みやすい記事になっていたはずです。それが、3人で分担することで、つぎはぎの目立つ不自然な気持ち悪い文章になってしまいました。

たとえば、膨大な量の手順書や時間が命のニュースリリースなど、複数人で翻訳を分担することにある程度の意味や妥当性がある場合もあるでしょうが、このCEOの基調演説はどうでしょう?CEOってその会社の顔であり、そのことばには重要なメッセージが込められているはずです。「質」より「時間」が優先されるようなものでしょうか。実際、今回取り上げた記事は、某社にとってイメージダウンになることはあっても、イメージアップにつながることはないでしょう。

お客様(以降、「クライアント」)が少なくともあと1日待っていれば...そう思わずにはいられません。

しかし、ここで書いてもとうていクライアントの耳には入らないでしょう。当然、私からクライアントに直接連絡することもできません。じゃあ、なぜ書いたかというと、不特定多数の翻訳会社の中の人の目には留まるかもしれないと思ったからです(私のブログの場合は、「不特定少数」ですが...)。

クライアントから言われたとおりの納期を達成することも信頼や顧客満足を得るうえで大切なこととは思いますが、今回のように「時間」より「質」が優先されるような場合は、翻訳会社から「1人の翻訳者が担当するメリット」を提案することで得られる信頼もあると思うのです。

事実、今回のように3人態勢で必死に納期に間に合わせたとしても、納品を急がせた当のクライアントはそんなことも忘れ、全体として不自然な成果物を目にして不信感を持ったかもしれません。結果、翻訳会社は自社の評価を下げ、クライアントは特急料金を(おそらく)払ったにもかかわらず成果物の質を下げるだけに終わってしまう。

担当した翻訳者は翻訳者で、全文を担当できないことで不完全燃焼になり、達成感が得られなかった可能性も大いにありますし、そうでなくてもいったん全文を読むという余計な負担がかかります。

翻訳会社も、コーディネーターさんレベルでは複数の翻訳者を探す手間がかかります。それがいくらコーディネーターさんの役割だといっても、必ずしも翻訳者がすぐに見つかるとは限らないなか、毎回手探りで翻訳者を見つけるストレスは大変なものでしょう。できるなら避けたいはずです(翻訳会社としては特急料金が入ってくればいいのかもしれませんが)。

また、チェッカーさんも、複数人で分担したものをチェックするのには限界があるでしょうし、とうてい日本語の質の統一までは手が回らないでしょう。もやもやする作業になるだろうなぁ、と容易に想像がつきます。

たとえば手順書なら、複数人で分担しても「比較的」訳文の質にバラツキは出ないでしょう。しかし、そうじゃないものもある。その点を翻訳会社からクライアントに1人の翻訳者が担当する「メリット」として積極的に説明し、そうなるように納期を調整できれば、きっと関係者全員にとってプラスになるはず。「メリット」としての提案なら、クライアントも耳を傾けてくれるのではないでしょうか。そればかりか、必要に応じて適切な提案を行うことで、ビジネス・パートナーとしての信頼の構築にもつながることでしょう。

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11月も後半に突入し、今年もあとわずか。
かれこれ2か月あまりブログを放置していたことになります。
仕事に追われていたのもそうですが、いろいろと考えるところもあり、ブログから足が遠のいていました。

その間にも、英語関連のお仕事(翻訳・通訳)をされている方々とお会いする機会が三度ほど...。在宅翻訳を始めてこのかた丸9年になろうかという私ですが、今までほぼ同業の方とお話しする機会がなかったのは何だったんだろうというほどの頻度です(当社比)。

うち2回はブログとtwitterでのご縁で実現したものでした(実現していただいた、といった方がいいかもしれません)。残り1回も、お会いしたグループの中にたまたまその少し前にtwitterで知り合った方がおられてびっくりしました。それもこれも、ブログとtwitterを始めていなければなかったご縁なんだなぁと思うと、ありがたくもあり、不思議でもあり...。今までにない視点から物事を捉えるきっかけにもなりました。

やはり人と会うのはいいですね。在宅翻訳を始めてからめっきり人と会う機会が減りましたが、それ以前は多くの出会いと別れの中に身を置いてきました。今回の皆さまとのすてきな出会いを通じて、「あぁ、自分はやっぱり人が好きなんだなぁ」と改めて思い出したのでした。普段、黙々と仕事をしている反動か、少し調子に乗ってしゃべりすぎたような気もしますが、お会いした皆さまには大目に見ていただけると嬉しいです...。そして、ありがとうございました。

師走が押し迫るなか、寒くなる一方の今日この頃、皆さまどうかご自愛ください。

※冒頭の赤とんぼの写真は一昨日撮ったものです。赤とんぼを見たとき、「まだ秋はここにいたんだ」となんだか嬉しくなりました。もう少し、秋を楽しめますように...

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