めぐりめぐらせ ~ある翻訳者の関心事~

在宅翻訳歴9年目の「めぐり」と申します。分野は「IT/ビジネス」、言語は「英→日」です。 twitter: @meguri_megurase

2017年01月

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今回は、翻訳について以前にtwitterでつぶやいたことのある小ネタを集めてみました。少し説明を補足していますが、あくまで小ネタですのでさらっといきたいと思います。必ずしも対訳形式ではないので、経験されたことのある方なら「ああ、あれのことね」とピンとくるものもあるでしょうし、そうでない方には「ん?なんのこと?」と思われるものもあるかもしれません。いつかどこかで何かのヒントになればうれしいです。

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「A, B, and C were the early (first) adopters of」を「他社に先駆けて~を採用したのは、A、B、Cです」とすっきり処理されているのが気持ちいいなぁ

《補足》私が担当する分野では「early adopter」は比較的よく出てくる用語で、「初期(早期)採用者」とか「初期(早期)導入者」とか「アーリーアダプター」なんて訳されているのを見ますし、もちろん文脈によってそのように訳すことも多いのですが、だからといって全部が全部そうすればいいというものでもありません。これはこの用語に限ったことではなく、ほかのどの頻出用語にもいえます。たとえば、IT分野で「application」は頻出用語ですが、いつもいつも「アプリケーション」と訳していいかというと違います。文脈によっては「応用」や「用途」、その他の表現を選択すべき場合もあるわけです。決まった訳語を機械的に当てはめていると、いつか足をすくわれることがあるかもしれません。


「そこで、~が重要になります」とするのと、「そこで重要になるのが、~です」とするのではインパクトが違いますね。

《補足》 これは、どちらかが正しいというものではありません。その文脈においてどちらがより効果的な表現かというお話です。「It is important to~」をいつも「~することが重要になります」と訳していませんか?


「a part of ~」を「~の一部」として不自然だと感じたら、たとえば、取り組みなら「一環」、チームなら「一員」や「一翼」、集合体なら「要素」、あるいはその状況を「~に含まれて」、「~で利用されて」、「~に組み込まれて」などと言い換えてみるといいかもしれません。

《補足》反射的に「~の一部」とせず、個々の文脈に合った日本語として自然な表現を柔軟に判断したいですね。


「プロのような」→「プロ並みの」

《補足》誤訳ではないけれど、少し表現を工夫することでいわゆる「こなれた」訳になることも多いように思います。


長所を伝える場合、「多く(多数)の」とするより「多彩な」とするほうが文字通り文章に彩りを添えることができますね。

《補足》長所を伝えるときは華やかな表現を使うと、文章がぐっと魅力的になりますよね。


「その結果得られるデータは」とするより、「こうして得られたデータは」とすることで、読者がより自然に作業の流れを感じられるように思います。

《補足》おそらく原文では「the resulting data」だったのだろうと想像しますが、直前の文章を受けての「resulting」の場合、わざわざ「結果として得られる」というような説明調にしなくても十分伝わると思いますし、読者の思考の流れを妨げないのではないでしょうか。


原文(英語)では「〇〇を××する必要があります。〇〇を××するには~」という表現がけっこうありますが、訳文(日本語)では、「〇〇を××する必要があります。そのためには~」と後半を省略したほうがすっきりして、読みやすくなることも多いですね。

《補足》原文のこの形、よく見かけるように思います。前述のとおり、読者の思考の流れを妨げないことが大切だと思いますので、原文では繰り返しのくどい表現になっていても、訳文では代名詞などを使って簡潔に表すほうがいい場合もあるでしょう。これで訳抜けだと指摘されることはまずないと思いますが、万一指摘されたとしても自分がきっちりとその理由を説明できるようにしておけば問題ないと思います。

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長くなりそうなので、今回はここまでにします。

訳抜けの指摘を心配して逐語訳を意識しすぎてしまうと、そこにばかり集中して、日本語でまわりくどい表現になってしまうことや、普段そんな言い方しないよね、という表現になってしまいがちです。著者が伝えたいことを「読者の思考の流れを妨げない」方法で表現することに意識を向けるだけでも訳文が変わってくるように思います。翻訳のテクニックを学ぶことも大切ですが、結局は文字を介したコミュニケーションなので、「自分がこの文章の著者なら読者にどんな語順で、どんなことばを使って趣旨を説明するかな?」と考えながら訳すこと、裏を返せば、「こんな言い方、普通するかな?」という目で自分の訳文を見直すこと、これを心がけるだけで「日本語として不自然な訳文」から「自然な(こなれた)訳文」に近づけるのではないでしょうか。上記の例がそんな意識の転換に役立てば幸いです。

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2017年新年のご挨拶でも書いたように、今年は読書の時間も意識的に増やしていきたいと考えています。この記事を書くにあたってどのカテゴリに入れようかと考えたのですが、「翻訳」でもないし、「趣味」だと積極性が感じられないので、自分への言い聞かせの意味も込めて「勉強」に分類します。

目的はアウトプット。ブログを始めた目的の1つでもありますが、日本語力の向上にアウトプットも不可欠だということで、たまにこうして読んだ本について書いていきたいと思います(たぶん)。

2016年末から2017年今日現在までに読んだ本は計7冊。今回は読み終えたばかりの『機械じかけの猫』について書きます。よろしければおつきあいください。

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『機械じかけの猫』(上・下、トリイ・ヘイデン著、入江真佐子訳)

この本は書店の平積みから取ったはずなので、2000年の初版当時に購入したことになる。かれこれ16年前。まだ独身だったころだ。実家にあった本はずいぶんと処分したけれど、なぜかこの本は残っていた。

頭の片隅にサイコ・ホラーやサイコ・サスペンス的な読後感が微かに残ってはいたものの、詳細はすでに忘却の彼方。この本のキーパーソンの1人である男の子に対するおおよその印象も、当時は「精神に異常をきたした子」にとどまっていたように思うが、一児の親となった今、それだけのフラットな心持ちではいられず、より感情移入して読むこととなり、もはやこの本は自分の中で「サイコ」という単純な括りではなくなった。また、私自身、初読時以降に自閉症の人と一時期過ごす機会があったが、共通点らしきものは浮かばないながらも、時折彼の姿が頭の中でオーバーラップしたりもした。

この本自体は過去・現在・異世界の3つの物語が交互に進行され、上巻では主人公格の1人である女性が主な語り手となって話の表面をなぞるように進むため、物語の輪郭がぼやけ、じれったさを感じたりもしたが(それも作者の計算の内だろう)、下巻へと進むにつれ「語り」色は薄れ、個々の物語が具体性を帯びて輪郭がより鮮明に描かれるようになり、それぞれが独立した読み物としての緊迫感を増していった。そして、最後にはすべての物語が集約され交差する。

ハッピーな読み物では決してない。どちらかといえば、冬の曇天あるいは嵐の前の暗雲を思わせるどんよりとした不穏な空気が終始つきまとうような内容なので、人によって向き不向き・好き嫌いもやむなしといったところだろう。構成がしっかりしていて読ませる文章なので、上下巻共に350頁近くあり、字も大きくはないが、気が付けば一気に読み終えていた。個人的に嫌いではない。

過去に一度読んだ本とあって、今回特に感じたのは「1冊の本が持つ意味は人生のステージによって変わる」ということ。つまり、いつ読んだかによって本の印象、もっと言えば感じられる設定やことばの重み、登場人物への感情移入や同情の念というのは大きく変わるのだなぁということ。そして、重ねた年のぶん、背景に対する理解度も増す(若い頃には想像力で補っていた部分を実感を持って理解できる)のだということ。

一生かかっても読み切れない数の本が巷に溢れ、子どもの頃ならいざしらず、一度読んだ本を読み返す時間的余裕もそうそうない中で、人生の別のステージに進んだときにあえてもう一度同じ本を手に取ってみることのおもしろさを発見したように思う。大なり小なりそこから学ぶこともきっとあるだろう。なによりも、以前とは違う感想を持って読み終えたとき、気付かない間に変化した自分の考え方やライフスタイルを見つめ直し、もしかすると忘れてしまっていた大切なことを思い出すきっかけになることもあるのかもしれない。今後も折に触れ昔読んだ本を手に取りたいと思った。

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1月もすでに1週間を残すばかり。個々に年始のご挨拶をさせていただくべきところ、失礼ながら本稿をもってご挨拶に代えさせていただきたいと思います。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

Twitterに投稿したとおり、本年の私個人のざっくりとした目標は、『他者と比べることなく、驕ることなく、謙虚に自分を見つめ、丁寧に仕事を進め、家族を愛し、人を敬い、自然を愛で、変化をたのしみ、流されず、余裕を忘れず、人生に責任を持ち、わが道を邁進する』としました。今年こそ、「ぼやぼやしているうちに1年が過ぎていた」という例年の状況を打開すべく、折々の状態をこれらの目標に照らして自己評価していきたいと考えています。

一翻訳者としては、はやる気持ちを抑え、ここ最近は長らく遠のいていた純粋な読書を楽しむ時間も意識的に増やすようにしています。在宅でIT・ビジネス分野の英日翻訳を始め丸9年、2月にはいよいよ10年目に突入しますが、ずっと母語である日本語を磨く必要性を痛切に感じつつ、積極的に何をするでもないまま、目先の仕事に流されてきました。日本語を磨くといってもいろいろな方法があろうかと思いますが、やはり続かなくては意味がないということで、まずは読書を楽しみながら、これまでとは違う視点からさまざまな文章に触れていきたいと考えています。文章力というものは、ある朝目覚めたら劇的に伸びていた、なんてことはありえないわけで、これまで以上にことばへの感度を高めつつ、地道に取り組んでいくほかありません。英語力も並行して磨ければ理想ですが、二兎を追うものは~にならぬよう、当面は自分にとって9年間の最大の課題であった日本語力のさらなる向上に努めたいと思います。

それでは、皆さまにとって今年一年が心身ともに健やかで、実り多きすばらしいものとなりますように。

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