前回の私の記事「翻訳と、ブログと、twitterと。(1)」が途中ですが、今回はチェッカーに関する話題を取り上げたいと思います。

未来堂さんのブログ記事『チェックについて① 前書き』と『すべては翻訳の質で決まる』を拝見して、私なりに感じたことを書きたいと思います。

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チェッカーというお仕事についての未来堂さんの一連の記事はまだ続いていますが、現時点で投稿された2つの記事の文面から未来堂さんが感じておられる「もどかしさ」が伝わってきます。

数回でもチェッカーのお仕事をしたことがある翻訳者さんなら、未来堂さんのおっしゃっていることを実感として理解される方も多いんじゃないでしょうか。

2つ目の記事のタイトル『すべては翻訳の質で決まる』というのは、そのとおりだと思います(以降は私の考えですので、IT/ビジネス分野の英日であることを前提として読んでください)。

他分野ではどうかわかりませんが、IT分野ではその特性上、他の翻訳者さんの訳文がネット上に掲載されているので、チェッカーのお仕事をしなくても目にする機会が多い。しかし、チェック→校正→クライアントを経て掲載されたであろう「完成版」ですら首をかしげたくなるものも少なくありません。

「首をかしげたくなる」とはどういうレベルかというと、私自身の一次訳か、それよりもひどいというものです。

「もし本当にそのレベルで納品しても許されるなら、少なくとも今の1.5倍の分量は処理できるな」と思うのですが、やはりプロを名乗る以上、私はそうしたくはありません。それに、たとえそうしたとしても、きっと最終的にお仕事が来なくなって意味がなくなるでしょうから。その頃には、自分自身の翻訳スキルも後戻りできないくらいに落ちているかもしれません。

ではなぜ、そのレベルのものがまかり通っているのでしょうか。最低限、トライアルは合格したはずなのに...。翻訳学校を併設する翻訳会社では、トライアルを実施せず、「学校の成績で判断して登録」ということもあるかもしれませんが、それならそうで、翻訳学校の先生が数か月以上見てきた生徒さんの実力を判断する方が、一発勝負のトライアルよりもはるかに容易なはずです。どちらにしても、まずはこの段階で登録する翻訳者さんが「プロのレベルに達しているかどうか」をしっかりと判断できるしくみが必要ですね。

このしくみについては、ここでとやかく言っても仕方がないので、トライアルまたは翻訳学校修了時には「プロのレベルに達していると判断された」翻訳者さんについて考えてみましょう。

もしそうなら、「どうして実務ではその能力が発揮できないのか」ということになろうかと思いますが、その理由の1つに「納期」があるのかもしれません。トライアルや翻訳学校の課題に提出期限があるといっても、実務の納期に比べれば余裕があり、たっぷりと調べたり、推敲したりする時間があるはずだからです。登録がかかっているので、入念に作業するでしょう。しかし、実務ではそうはいかない。新人だからといって、クライアントがそのあたりを考慮してくれるはずもありません。

じゃあ、どうすべきか。それは、翻訳会社にかかっているのではないでしょうか。最初は納期の緩いものだけを発注して、少なくともトライアルで合格したレベルの品質を確保できるようにする。そこから徐々に納期を縮めていく。翻訳者自身も、最初はたくさんの翻訳会社に登録することを目標とせず、じっくりと腰を据えて目の前の仕事に取り組むべきだと思います。それでは生活が立ち行かなくなる?そのような経済状態であれば、やはり最初は二足のわらじ期間を設けた方がいいかもしれません(もちろん、最初からスムーズにスタートできる方はこの限りではありません)。

翻訳とはまったく関係ありませんが、文具屋さんでバイトを始めたとき、プレゼント包装の仕方を教わっていて言われたことがあります。「ゆっくり丁寧には誰でもできる、素早く丁寧にできるようにならなきゃダメ」と。

そうして数をこなすうちに、同じ品質を保ちながらも翻訳スピードが上がってくるはずです(その後、より一層品質を向上させたいと考え、またスピードが落ちる時期がくるかもしれませんが、それはこの記事では横に置いておきます)。

さて、ここまでは翻訳を始めて間もない方が納期の理由からチェッカー泣かせの訳文を納品する可能性について書きました(当然、それ以外の可能性もあるでしょう。「そもそもトライアルの内容が実務に沿っていない」とか)。でも、チェッカー泣かせの訳文を納品する翻訳者さんが必ずしも駆け出しだとは限りません。

「じゃあ、駆け出しでもない翻訳者さんの訳文の品質が低い(つまり、トライアルに合格できるようなレベルに達していないと思われる)のはなぜ?」

なぜでしょう。私も知りたいです。可能性の1つとして考えられるのは、スピードや作業量だけを追及した結果、能力が下がってしまった。あるいは、他の質の悪い翻訳を目にするなかで、自分もそのレベルでいいんだと錯覚してしまった。(※ここでは、たまたますごく難しい案件だったり、専門外の案件だったという可能性は省きます。仮にそうだとしても、一定以上の実力を持つ翻訳者ならそこまでボロボロのものは出さないと思いますが。)

もちろん生活を維持するために仕事のスピードや作業量は重要ですが、品質を犠牲にしてどうするんでしょうか。当然、報酬や納期、難易度に応じて求められる翻訳の質というのはあると思うので、過剰に高い品質を追求する必要はないだろうとは思います。ここでは、「案件ごとに求められる品質」を満たしているかどうかのお話をします。

上記のとおり、スピードや作業量を重視して一次訳のレベルで出してしまったとしたら、それはもうプロとは言えませんね。求められる品質を満たすために、一次訳を経て、推敲でどこまで完成度を上げられるかが翻訳者の真の力の見せ処ですよね。一次訳で原文をある程度「読み込んだ」翻訳者だからこそ、「推敲」という作業ができる。

ここでようやく本題。チェッカーのお仕事についてです。

他の人が翻訳したもの」をチェックしなければならないチェッカーさんが、「一度原文に目を通しただけ」で「推敲」できるわけがないんです。それ(推敲)を、通常は「翻訳者より報酬が少なく、リードタイムの短い」チェッカーさんに期待するのが間違っています。チェッカーさんがせいぜいできるのは、原文と突き合わせて、誤字、脱字、数字の誤り、(必要最低限の)不自然な日本語の修正、(必要に応じて)専門用語のチェック、そして、訳抜けがないかのチェックまででしょう。

つまり、未来堂さんのおっしゃるとおり、本来「リライト」(推敲)はチェッカーの作業範囲ではない、ということです。いくら優れたチェッカーを用意しても、翻訳者の訳文の底上げを図らない限り、いつまでたっても良くならない。

「単純明快じゃないか、じゃあチェッカーは悩む必要ないね?」

いいえ。なぜって、チェッカーは別の翻訳者が兼任することが多いからです。自分の仕事に高い信念を持っている翻訳者ほど、チェッカーをする場合に品質の低い翻訳を見るとものすごい葛藤が生まれます。自分の手を経てクライアントに出ていく以上、しっかりとした完成品を納品したいんです。それができない。そうしようとすると、本来のチェッカーの責任範囲を超えて作業しなければならなくなる。最悪、自分が一から翻訳するよりも、ストレスも時間もかかってしまう。

「じゃあ、何が望みなの?」

少なくとも、私の望みは、

①翻訳会社は、それを理解して翻訳者を選定すること(トライアルの内容をより実務に沿ったものにする、など)。
②翻訳会社は、チェッカーに過度な期待を寄せないこと。
③翻訳会社は、チェッカーに作業内容(責任範囲)を明確に指示すること(ケアレスミスのチェック)
④チェッカーの本来の責任範囲を超える作業については、翻訳会社がチェッカーに別途依頼し、その分の報酬を払うこと。
⑤そうでなければ、翻訳会社は、ケアレスミス以外のクライアントからのクレームをチェッカーのせいにしないこと。
⑥翻訳会社は、過去にクライアントから(ケアレスミス以外で)クレームを受けた翻訳者を使うことに慎重になること。
⑦翻訳者は、プロ意識を持ち、求められる品質を犠牲にしてまでスピードや作業量を追及しないこと(もしそんな事実があれば)。
⑧翻訳者は、自分の訳文を客観的に評価できるような目を養う努力をすること。

です。そうすれば、翻訳者本人も、「チェッカーに改悪された」なんて怒る必要がなくなります。もちろん、クライアントからの(ケアレスミス以外の)クレームは、プロの翻訳者なら受ける覚悟はあるでしょう。チェッカーがいる前提で(そういう気持ちで)作業するのは「プロ」とは言えないですもんね。

チェッカーも自分の責任範囲が明確になり、ある程度割り切って作業できるので、ストレス(葛藤)が軽くなるんじゃないでしょうか。

ということで長々と書いてしまいましたが、結局言いたかったことは最後の部分です。

翻訳者はその求められる品質をしっかりと満たす。一方、チェッカーは本来の責任範囲だけを作業すればいい

そうすれば、少なくとも今よりはハッピーな人が増えるはず。その鍵を握るのは「間に立つ翻訳会社の能力」ということでしょう。

なにより、翻訳者、チェッカー、翻訳会社(、そしてできればクライアント)が一体となってよいものをつくっていければいいですね!