twitterでもつぶやいたのですが、私はときどき翻訳された日本語版のWebページを原文(英語)とは突き合わせずに読むようにしています。純粋な日本語として。

もちろん訳文ということでは自分の成果物を日常的に嫌というほど見ているわけですが、なかなか自分の「クセ」には気付けないもの。また、その時点で原文が頭の中にあるので、知らず知らずのうちに英語の表現に引きずられているということもあるでしょう。そこで、一読者としてほかの翻訳者さんが訳したものを見て、どこで「ひっかかる」かを客観的に考えてみようというわけです(そして、自分の訳文も客観的に見られる目を養いたい)。

日本人が日本語で書いたお手本のような読みやすい文章に触れるのも大切なことですが、上記の作業を「仕事から離れて」することで見えてくるものも確かにあります。「この言い回し、わかりやすいな」、「ちょっとここ不自然だな」、「この表現、すてきだな」、「どうしてこんな訳になってしまったんだろう」、「この語順だとどちらの意味にも取れてしまって誤解を生むな」、「こうしたほうがスッキリするな」などなど...(都心ならそういった勉強会に参加できる機会もあると思いますが、地方で小学生の子どもがいる身だとなかなかそうもいきません。だからせめてもの「ひとり勉強会」です)。

先日、同じように某社のブログ記事を見ていました。CEOがどこかのカンファレンスで行った基調演説の内容です。原文を確認しなかったので推測ですが、2000ワードほどのものだったと思います。内容にもよりますが、1人の翻訳者が1日でできる分量といえるでしょう(実際にそこまで専門的な内容ではありませんでした)。

読み進むうちにあることに気付きました。どうやら3人の翻訳者さんが分担したようなのです。途中で2回、明らかに文体が変わりました。

1人目は言い回しも凝っていて、CEOにふさわしい言葉遣い。読みながら「なるほどなぁ」、「いいね」という表現が随所に見られました。

変わって2人目は、日本語で読んでもたどたどしい表現。おそらくCEOが「We」と言ったところをすべて「私たちは」と訳出していて、セグメントごとに「私たちは」から始まるほど「私たちは」のオンパレードでした。ちなみにこのブログ記事、Trados案件ではないはずです(もちろん、翻訳者さんが自主的にTradosを使用している可能性もありますが...)。1人目が良かったぶんギャップが大きすぎて、不自然さが際立っていました。

そして、3人目。「ここはこうしたほうがいいかな」という表現もありましたが、全体的にすっきりと素直な訳文で好感が持てました。おそらくコンスタントにこのくらいのパフォーマンスが出せれば、産業翻訳者としては安泰なのじゃないかなという感じでした。

まぁ、こうして人様の翻訳を見てえらそうに言っていますが、別に誰かの成果物をディスるためにやっているわけではありません。私にとってこの作業はけっこういい勉強になる(自分の訳文を省みるきっかけになる)のです。

さて、期せずして今回は1つの記事で3人の翻訳者さんの訳文を見比べる機会を得たわけですが、やはりこうした「読み物系」の文章ではそれぞれの個性が否が応でも浮き彫りになってしまいます。ましてやCEOによる基調演説という、それ相応の言い回しが求められる場面では。

さぁ、ここからがタイトルどおり本題です(いつも前置きが長いですね)...

前述のとおり、この記事、おそらくまる1日あれば1人の翻訳者でも十分に対応できた分量です。もし1人目の翻訳者さんが全量を担当されていれば、CEOの基調演説にふさわしい、すてきな日本語版の記事になっていたでしょうし、3人目の翻訳者さんなら全体的にすっきりとした読みやすい記事になっていたはずです。それが、3人で分担することで、つぎはぎの目立つ不自然な気持ち悪い文章になってしまいました。

たとえば、膨大な量の手順書や時間が命のニュースリリースなど、複数人で翻訳を分担することにある程度の意味や妥当性がある場合もあるでしょうが、このCEOの基調演説はどうでしょう?CEOってその会社の顔であり、そのことばには重要なメッセージが込められているはずです。「質」より「時間」が優先されるようなものでしょうか。実際、今回取り上げた記事は、某社にとってイメージダウンになることはあっても、イメージアップにつながることはないでしょう。

お客様(以降、「クライアント」)が少なくともあと1日待っていれば...そう思わずにはいられません。

しかし、ここで書いてもとうていクライアントの耳には入らないでしょう。当然、私からクライアントに直接連絡することもできません。じゃあ、なぜ書いたかというと、不特定多数の翻訳会社の中の人の目には留まるかもしれないと思ったからです(私のブログの場合は、「不特定少数」ですが...)。

クライアントから言われたとおりの納期を達成することも信頼や顧客満足を得るうえで大切なこととは思いますが、今回のように「時間」より「質」が優先されるような場合は、翻訳会社から「1人の翻訳者が担当するメリット」を提案することで得られる信頼もあると思うのです。

事実、今回のように3人態勢で必死に納期に間に合わせたとしても、納品を急がせた当のクライアントはそんなことも忘れ、全体として不自然な成果物を目にして不信感を持ったかもしれません。結果、翻訳会社は自社の評価を下げ、クライアントは特急料金を(おそらく)払ったにもかかわらず成果物の質を下げるだけに終わってしまう。

担当した翻訳者は翻訳者で、全文を担当できないことで不完全燃焼になり、達成感が得られなかった可能性も大いにありますし、そうでなくてもいったん全文を読むという余計な負担がかかります。

翻訳会社も、コーディネーターさんレベルでは複数の翻訳者を探す手間がかかります。それがいくらコーディネーターさんの役割だといっても、必ずしも翻訳者がすぐに見つかるとは限らないなか、毎回手探りで翻訳者を見つけるストレスは大変なものでしょう。できるなら避けたいはずです(翻訳会社としては特急料金が入ってくればいいのかもしれませんが)。

また、チェッカーさんも、複数人で分担したものをチェックするのには限界があるでしょうし、とうてい日本語の質の統一までは手が回らないでしょう。もやもやする作業になるだろうなぁ、と容易に想像がつきます。

たとえば手順書なら、複数人で分担しても「比較的」訳文の質にバラツキは出ないでしょう。しかし、そうじゃないものもある。その点を翻訳会社からクライアントに1人の翻訳者が担当する「メリット」として積極的に説明し、そうなるように納期を調整できれば、きっと関係者全員にとってプラスになるはず。「メリット」としての提案なら、クライアントも耳を傾けてくれるのではないでしょうか。そればかりか、必要に応じて適切な提案を行うことで、ビジネス・パートナーとしての信頼の構築にもつながることでしょう。