めぐりめぐらせ ~ある翻訳者の関心事~

在宅翻訳歴9年目の「めぐり」と申します。分野は「IT/ビジネス」、言語は「英→日」です。 twitter: @meguri_megurase

カテゴリ: 翻訳

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今回は、翻訳について以前にtwitterでつぶやいたことのある小ネタを集めてみました。少し説明を補足していますが、あくまで小ネタですのでさらっといきたいと思います。必ずしも対訳形式ではないので、経験されたことのある方なら「ああ、あれのことね」とピンとくるものもあるでしょうし、そうでない方には「ん?なんのこと?」と思われるものもあるかもしれません。いつかどこかで何かのヒントになればうれしいです。

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「A, B, and C were the early (first) adopters of」を「他社に先駆けて~を採用したのは、A、B、Cです」とすっきり処理されているのが気持ちいいなぁ

《補足》私が担当する分野では「early adopter」は比較的よく出てくる用語で、「初期(早期)採用者」とか「初期(早期)導入者」とか「アーリーアダプター」なんて訳されているのを見ますし、もちろん文脈によってそのように訳すことも多いのですが、だからといって全部が全部そうすればいいというものでもありません。これはこの用語に限ったことではなく、ほかのどの頻出用語にもいえます。たとえば、IT分野で「application」は頻出用語ですが、いつもいつも「アプリケーション」と訳していいかというと違います。文脈によっては「応用」や「用途」、その他の表現を選択すべき場合もあるわけです。決まった訳語を機械的に当てはめていると、いつか足をすくわれることがあるかもしれません。


「そこで、~が重要になります」とするのと、「そこで重要になるのが、~です」とするのではインパクトが違いますね。

《補足》 これは、どちらかが正しいというものではありません。その文脈においてどちらがより効果的な表現かというお話です。「It is important to~」をいつも「~することが重要になります」と訳していませんか?


「a part of ~」を「~の一部」として不自然だと感じたら、たとえば、取り組みなら「一環」、チームなら「一員」や「一翼」、集合体なら「要素」、あるいはその状況を「~に含まれて」、「~で利用されて」、「~に組み込まれて」などと言い換えてみるといいかもしれません。

《補足》反射的に「~の一部」とせず、個々の文脈に合った日本語として自然な表現を柔軟に判断したいですね。


「プロのような」→「プロ並みの」

《補足》誤訳ではないけれど、少し表現を工夫することでいわゆる「こなれた」訳になることも多いように思います。


長所を伝える場合、「多く(多数)の」とするより「多彩な」とするほうが文字通り文章に彩りを添えることができますね。

《補足》長所を伝えるときは華やかな表現を使うと、文章がぐっと魅力的になりますよね。


「その結果得られるデータは」とするより、「こうして得られたデータは」とすることで、読者がより自然に作業の流れを感じられるように思います。

《補足》おそらく原文では「the resulting data」だったのだろうと想像しますが、直前の文章を受けての「resulting」の場合、わざわざ「結果として得られる」というような説明調にしなくても十分伝わると思いますし、読者の思考の流れを妨げないのではないでしょうか。


原文(英語)では「〇〇を××する必要があります。〇〇を××するには~」という表現がけっこうありますが、訳文(日本語)では、「〇〇を××する必要があります。そのためには~」と後半を省略したほうがすっきりして、読みやすくなることも多いですね。

《補足》原文のこの形、よく見かけるように思います。前述のとおり、読者の思考の流れを妨げないことが大切だと思いますので、原文では繰り返しのくどい表現になっていても、訳文では代名詞などを使って簡潔に表すほうがいい場合もあるでしょう。これで訳抜けだと指摘されることはまずないと思いますが、万一指摘されたとしても自分がきっちりとその理由を説明できるようにしておけば問題ないと思います。

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長くなりそうなので、今回はここまでにします。

訳抜けの指摘を心配して逐語訳を意識しすぎてしまうと、そこにばかり集中して、日本語でまわりくどい表現になってしまうことや、普段そんな言い方しないよね、という表現になってしまいがちです。著者が伝えたいことを「読者の思考の流れを妨げない」方法で表現することに意識を向けるだけでも訳文が変わってくるように思います。翻訳のテクニックを学ぶことも大切ですが、結局は文字を介したコミュニケーションなので、「自分がこの文章の著者なら読者にどんな語順で、どんなことばを使って趣旨を説明するかな?」と考えながら訳すこと、裏を返せば、「こんな言い方、普通するかな?」という目で自分の訳文を見直すこと、これを心がけるだけで「日本語として不自然な訳文」から「自然な(こなれた)訳文」に近づけるのではないでしょうか。上記の例がそんな意識の転換に役立てば幸いです。

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さて、「twitterでいつかつぶやいたことある」シリーズが続いていますが、今回もそんな内容です。

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日本語では単数形と複数形を英語ほど明確に書き分けないですよね。ただ、一文字足すだけで表現に奥行や広がりが出る場合もありますね。たとえば、「層」、「陣」、「帯」なんかがそうですね。「客層」とか「教師陣」とか「価格帯」とか。

ほかにも、

「諸」:諸事情、諸国...
「各」:各種、各国...
「方」:先生方、奥様方...
「列」:車列、列強...
「団」:使節団、代表団...
「類」:規格類、鳥類...

など、いろいろと挙げられます。

また、私の扱う文章では「the researchers」という表現がよく出てくるんですが、その研究者らが目的を同じくする集まりだった場合は「研究チーム」とすることもあります。そう考えると、英語の複数形は日本語では何らかのグループとして一塊で捉えることが多いのでしょうか。

英語の複数形を日本語で同じように表そうとして真っ先に思いつくのが、「国々」、「~たち」、「~ら」、「さまざまな」、「多くの」という直接的な表現ですが、上記のような表現をたくさん自分の引き出しに入れておくと日本語の文章に深みが出るかなと思っています(もちろん、直接的な表現も文脈によって効果的な場合がありますよね)。

さらに、人の集まりを「顔触れ」と表現したり、「選手団」とした後に「一行は」と言い換えたり、英語では単に同じことばが繰り返し使われている場合や代名詞が使われている場合でも、日本語では文脈に応じて言い方を変えてみるのもいいですね。

一文字足す以外にも、動詞で「複数形の重み」を表すこともできますね。「並ぶ」は「軒を連ねる」、「集まる」は「一堂に会する」とするなど...

奥行や広がりという観点から言うと、「場」や「面」なんかも。「発表の場」とか「多面的に」とか。「~という点では」というのと「~という面では」というのとではちょっと違います。

話があちこちに飛びましたが、いわゆる「直訳調」か「こなれた文章」かの違いってこういうところにもあるんじゃないかなぁと思います。最近、AIによるニューラル翻訳が話題になっていますが、こういうことばの選択こそ人ならではの感性がものをいう場面ではないでしょうか。

引き出しやポケットにこうした奥行や広がり、重みを感じさせることばをたくさんストックして、いつでも出せるようになりたいな、その場その場でぴったりの表現を使い分けられるようになりたいな、と常々思っています。頭ではわかっていても、いざ原文を目の前にすると横のものを縦に置き換えるのに必死でなかなかその境地に達しないのが悩ましいところですが、それにはやはりインプットしたものを日頃からアウトプットする練習が必要なんでしょうね。

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私の場合、実際にやりとりされているビジネスレターを訳す機会はありませんが、たまに手順書などにくっついている「ビジネスレターのテンプレート」を訳すことがあります。

英語のレターではいきなり本題から入ることが多いと思うのですが、礼儀を重んじる日本の商習慣にはなじまないことも...

そんなとき私は、本文の冒頭に「平素は<社名>の製品(サービス)をご利用いただき誠にありがとうございます。さて、......」というように一文加えています。

このくらいまでは翻訳者の裁量の範囲ではないでしょうか(時候の挨拶まではやりすぎですね)。あとは申し送りに一文加えたことを明記しておけばいいと思います。実際、そうして翻訳会社から何か言われたことはありません。

もちろん何も加えずに原文を活かして自然なビジネスレターになれば一番ですね。たとえば、「このたび、......」と始めて違和感がなければそうします。

言うまでもありませんが、そのビジネスレターの目的が何で、宛先は誰か、ということを意識して都度判断する必要がありますね。

また、最後が「Thank you.」で終わっている場合、どう考えても「ありがとうございました。」はおかしいですね。これもそのレターの目的や直前の文に合わせて、「ご意見・ご質問がありましたらご連絡ください。」、「ぜひご応募ください。」、「よろしくお願いいたします。」、「何卒ご了承ください。」などなど、いろいろ工夫できそうですね。

ちなみに、プレゼンテーションの最後の「Thank you」は「ありがとうございました」や「ご清聴ありがとうございました」としている例が多いように思います。

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私が扱うIT分野の英語原文にはかなりの頻度で略語が出てきます。

そして、大まかに分けて①原文中に略語しか出てこない場合と、②初出時には正式名称でそれ以降は略語になる場合の2パターンあります。

①原文中に略語しか出てこない場合

その略語が何を意味するかわからないと正確な翻訳は無理なので、用語集に載っていない場合は、(A)クライアント(お客様)サイトでサイト内検索をかけるか、(B)ネットで検索します。(A)か(B)、どちらを先に行うかは文脈でだいたい目星をつけています。

(A)クライアント・サイトでサイト内検索をかける場合

たいていは社内の役職名や製品名の略称だったりします。ただ、社内で複数の異なる名称に同じ略称を使うというトラップもちょいちょいあるので、注意が必要です。最初に見つけた正式名称とおぼしきものが、翻訳対象文の文脈に合うかどうか確認しなければなりません。

※ただ、略語しか出てこない文書は、たいてい社内文書や協力会社と共有する準社内文書だったりするので、意味を理解するだけで訳文でも略語のまま使うことが多いです。

(B)ネットで検索する場合

原文中に略語しか出てこない場合はたいていメジャーな団体や機関、業界標準、規格類の略称だったりするので、比較的すぐに見つかります。

※対象読者やドキュメントの種類によって、メジャーな略称の場合は訳文でもそのまま使い、マイナーな場合は正式名称をカッコ書きで補うこともあります。


②初出時には正式名称でそれ以降は略語になる場合

基本は①と同じですが、私がいつも注意しているのは、「初出時には正式名称のみで、それ以降はいきなり略語になる場合」の処理です。

たとえば簡単な例でいうと、原文で初出時は「Information Technology」、それ以降は「IT」となっている場合、訳文で初出時は「情報技術」、それ以降は「IT」としてしまうと、訳文の読者には「情報技術 = IT」だとわからない可能性があるわけです。

そんな場合は、たとえ原文でそうなっていなくても初出時に「情報技術(IT)」とカッコ書きを補っています。

こういう②のケース、けっこうあります。しかも、2回目以降の略称がずいぶん後になって出てくるケースも...

「情報技術 = IT」ならピンとくる読者もいるかもしれませんが、機関名など正式名称が長く、日本語の定訳があるもの、たとえば「欧州ロケット開発機構」ならどうでしょう?後からだいぶ離れて「ELDO」と出てきても、(専門家ならいざ知らず)一般読者にはこの2つが同じものだとはわからないでしょう。そこで、初出箇所に戻って「欧州ロケット開発機構(ELDO)」とカッコ書きを足すわけです。

ちなみに、略語のほうが一般的にメジャーな場合は、原文でたとえば初出時に「Information Technology」となっていても「IT(情報技術)」と略語の方をカッコの外に出してしまうというように、ケースバイケースで処理しています。

何かの略語が出てきたときに上記のことを頭の片隅に置いておくと、より読者に寄り添った訳文になりますよね。こういうのは「原文の表記どおり」四角四面に対応するよりも、柔軟に対応すべき部分だと考えています。

twitterでもつぶやいたのですが、私はときどき翻訳された日本語版のWebページを原文(英語)とは突き合わせずに読むようにしています。純粋な日本語として。

もちろん訳文ということでは自分の成果物を日常的に嫌というほど見ているわけですが、なかなか自分の「クセ」には気付けないもの。また、その時点で原文が頭の中にあるので、知らず知らずのうちに英語の表現に引きずられているということもあるでしょう。そこで、一読者としてほかの翻訳者さんが訳したものを見て、どこで「ひっかかる」かを客観的に考えてみようというわけです(そして、自分の訳文も客観的に見られる目を養いたい)。

日本人が日本語で書いたお手本のような読みやすい文章に触れるのも大切なことですが、上記の作業を「仕事から離れて」することで見えてくるものも確かにあります。「この言い回し、わかりやすいな」、「ちょっとここ不自然だな」、「この表現、すてきだな」、「どうしてこんな訳になってしまったんだろう」、「この語順だとどちらの意味にも取れてしまって誤解を生むな」、「こうしたほうがスッキリするな」などなど...(都心ならそういった勉強会に参加できる機会もあると思いますが、地方で小学生の子どもがいる身だとなかなかそうもいきません。だからせめてもの「ひとり勉強会」です)。

先日、同じように某社のブログ記事を見ていました。CEOがどこかのカンファレンスで行った基調演説の内容です。原文を確認しなかったので推測ですが、2000ワードほどのものだったと思います。内容にもよりますが、1人の翻訳者が1日でできる分量といえるでしょう(実際にそこまで専門的な内容ではありませんでした)。

読み進むうちにあることに気付きました。どうやら3人の翻訳者さんが分担したようなのです。途中で2回、明らかに文体が変わりました。

1人目は言い回しも凝っていて、CEOにふさわしい言葉遣い。読みながら「なるほどなぁ」、「いいね」という表現が随所に見られました。

変わって2人目は、日本語で読んでもたどたどしい表現。おそらくCEOが「We」と言ったところをすべて「私たちは」と訳出していて、セグメントごとに「私たちは」から始まるほど「私たちは」のオンパレードでした。ちなみにこのブログ記事、Trados案件ではないはずです(もちろん、翻訳者さんが自主的にTradosを使用している可能性もありますが...)。1人目が良かったぶんギャップが大きすぎて、不自然さが際立っていました。

そして、3人目。「ここはこうしたほうがいいかな」という表現もありましたが、全体的にすっきりと素直な訳文で好感が持てました。おそらくコンスタントにこのくらいのパフォーマンスが出せれば、産業翻訳者としては安泰なのじゃないかなという感じでした。

まぁ、こうして人様の翻訳を見てえらそうに言っていますが、別に誰かの成果物をディスるためにやっているわけではありません。私にとってこの作業はけっこういい勉強になる(自分の訳文を省みるきっかけになる)のです。

さて、期せずして今回は1つの記事で3人の翻訳者さんの訳文を見比べる機会を得たわけですが、やはりこうした「読み物系」の文章ではそれぞれの個性が否が応でも浮き彫りになってしまいます。ましてやCEOによる基調演説という、それ相応の言い回しが求められる場面では。

さぁ、ここからがタイトルどおり本題です(いつも前置きが長いですね)...

前述のとおり、この記事、おそらくまる1日あれば1人の翻訳者でも十分に対応できた分量です。もし1人目の翻訳者さんが全量を担当されていれば、CEOの基調演説にふさわしい、すてきな日本語版の記事になっていたでしょうし、3人目の翻訳者さんなら全体的にすっきりとした読みやすい記事になっていたはずです。それが、3人で分担することで、つぎはぎの目立つ不自然な気持ち悪い文章になってしまいました。

たとえば、膨大な量の手順書や時間が命のニュースリリースなど、複数人で翻訳を分担することにある程度の意味や妥当性がある場合もあるでしょうが、このCEOの基調演説はどうでしょう?CEOってその会社の顔であり、そのことばには重要なメッセージが込められているはずです。「質」より「時間」が優先されるようなものでしょうか。実際、今回取り上げた記事は、某社にとってイメージダウンになることはあっても、イメージアップにつながることはないでしょう。

お客様(以降、「クライアント」)が少なくともあと1日待っていれば...そう思わずにはいられません。

しかし、ここで書いてもとうていクライアントの耳には入らないでしょう。当然、私からクライアントに直接連絡することもできません。じゃあ、なぜ書いたかというと、不特定多数の翻訳会社の中の人の目には留まるかもしれないと思ったからです(私のブログの場合は、「不特定少数」ですが...)。

クライアントから言われたとおりの納期を達成することも信頼や顧客満足を得るうえで大切なこととは思いますが、今回のように「時間」より「質」が優先されるような場合は、翻訳会社から「1人の翻訳者が担当するメリット」を提案することで得られる信頼もあると思うのです。

事実、今回のように3人態勢で必死に納期に間に合わせたとしても、納品を急がせた当のクライアントはそんなことも忘れ、全体として不自然な成果物を目にして不信感を持ったかもしれません。結果、翻訳会社は自社の評価を下げ、クライアントは特急料金を(おそらく)払ったにもかかわらず成果物の質を下げるだけに終わってしまう。

担当した翻訳者は翻訳者で、全文を担当できないことで不完全燃焼になり、達成感が得られなかった可能性も大いにありますし、そうでなくてもいったん全文を読むという余計な負担がかかります。

翻訳会社も、コーディネーターさんレベルでは複数の翻訳者を探す手間がかかります。それがいくらコーディネーターさんの役割だといっても、必ずしも翻訳者がすぐに見つかるとは限らないなか、毎回手探りで翻訳者を見つけるストレスは大変なものでしょう。できるなら避けたいはずです(翻訳会社としては特急料金が入ってくればいいのかもしれませんが)。

また、チェッカーさんも、複数人で分担したものをチェックするのには限界があるでしょうし、とうてい日本語の質の統一までは手が回らないでしょう。もやもやする作業になるだろうなぁ、と容易に想像がつきます。

たとえば手順書なら、複数人で分担しても「比較的」訳文の質にバラツキは出ないでしょう。しかし、そうじゃないものもある。その点を翻訳会社からクライアントに1人の翻訳者が担当する「メリット」として積極的に説明し、そうなるように納期を調整できれば、きっと関係者全員にとってプラスになるはず。「メリット」としての提案なら、クライアントも耳を傾けてくれるのではないでしょうか。そればかりか、必要に応じて適切な提案を行うことで、ビジネス・パートナーとしての信頼の構築にもつながることでしょう。

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11月も後半に突入し、今年もあとわずか。
かれこれ2か月あまりブログを放置していたことになります。
仕事に追われていたのもそうですが、いろいろと考えるところもあり、ブログから足が遠のいていました。

その間にも、英語関連のお仕事(翻訳・通訳)をされている方々とお会いする機会が三度ほど...。在宅翻訳を始めてこのかた丸9年になろうかという私ですが、今までほぼ同業の方とお話しする機会がなかったのは何だったんだろうというほどの頻度です(当社比)。

うち2回はブログとtwitterでのご縁で実現したものでした(実現していただいた、といった方がいいかもしれません)。残り1回も、お会いしたグループの中にたまたまその少し前にtwitterで知り合った方がおられてびっくりしました。それもこれも、ブログとtwitterを始めていなければなかったご縁なんだなぁと思うと、ありがたくもあり、不思議でもあり...。今までにない視点から物事を捉えるきっかけにもなりました。

やはり人と会うのはいいですね。在宅翻訳を始めてからめっきり人と会う機会が減りましたが、それ以前は多くの出会いと別れの中に身を置いてきました。今回の皆さまとのすてきな出会いを通じて、「あぁ、自分はやっぱり人が好きなんだなぁ」と改めて思い出したのでした。普段、黙々と仕事をしている反動か、少し調子に乗ってしゃべりすぎたような気もしますが、お会いした皆さまには大目に見ていただけると嬉しいです...。そして、ありがとうございました。

師走が押し迫るなか、寒くなる一方の今日この頃、皆さまどうかご自愛ください。

※冒頭の赤とんぼの写真は一昨日撮ったものです。赤とんぼを見たとき、「まだ秋はここにいたんだ」となんだか嬉しくなりました。もう少し、秋を楽しめますように...

前回の私の記事「翻訳と、ブログと、twitterと。(1)」が途中ですが、今回はチェッカーに関する話題を取り上げたいと思います。

未来堂さんのブログ記事『チェックについて① 前書き』と『すべては翻訳の質で決まる』を拝見して、私なりに感じたことを書きたいと思います。

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チェッカーというお仕事についての未来堂さんの一連の記事はまだ続いていますが、現時点で投稿された2つの記事の文面から未来堂さんが感じておられる「もどかしさ」が伝わってきます。

数回でもチェッカーのお仕事をしたことがある翻訳者さんなら、未来堂さんのおっしゃっていることを実感として理解される方も多いんじゃないでしょうか。

2つ目の記事のタイトル『すべては翻訳の質で決まる』というのは、そのとおりだと思います(以降は私の考えですので、IT/ビジネス分野の英日であることを前提として読んでください)。

他分野ではどうかわかりませんが、IT分野ではその特性上、他の翻訳者さんの訳文がネット上に掲載されているので、チェッカーのお仕事をしなくても目にする機会が多い。しかし、チェック→校正→クライアントを経て掲載されたであろう「完成版」ですら首をかしげたくなるものも少なくありません。

「首をかしげたくなる」とはどういうレベルかというと、私自身の一次訳か、それよりもひどいというものです。

「もし本当にそのレベルで納品しても許されるなら、少なくとも今の1.5倍の分量は処理できるな」と思うのですが、やはりプロを名乗る以上、私はそうしたくはありません。それに、たとえそうしたとしても、きっと最終的にお仕事が来なくなって意味がなくなるでしょうから。その頃には、自分自身の翻訳スキルも後戻りできないくらいに落ちているかもしれません。

ではなぜ、そのレベルのものがまかり通っているのでしょうか。最低限、トライアルは合格したはずなのに...。翻訳学校を併設する翻訳会社では、トライアルを実施せず、「学校の成績で判断して登録」ということもあるかもしれませんが、それならそうで、翻訳学校の先生が数か月以上見てきた生徒さんの実力を判断する方が、一発勝負のトライアルよりもはるかに容易なはずです。どちらにしても、まずはこの段階で登録する翻訳者さんが「プロのレベルに達しているかどうか」をしっかりと判断できるしくみが必要ですね。

このしくみについては、ここでとやかく言っても仕方がないので、トライアルまたは翻訳学校修了時には「プロのレベルに達していると判断された」翻訳者さんについて考えてみましょう。

もしそうなら、「どうして実務ではその能力が発揮できないのか」ということになろうかと思いますが、その理由の1つに「納期」があるのかもしれません。トライアルや翻訳学校の課題に提出期限があるといっても、実務の納期に比べれば余裕があり、たっぷりと調べたり、推敲したりする時間があるはずだからです。登録がかかっているので、入念に作業するでしょう。しかし、実務ではそうはいかない。新人だからといって、クライアントがそのあたりを考慮してくれるはずもありません。

じゃあ、どうすべきか。それは、翻訳会社にかかっているのではないでしょうか。最初は納期の緩いものだけを発注して、少なくともトライアルで合格したレベルの品質を確保できるようにする。そこから徐々に納期を縮めていく。翻訳者自身も、最初はたくさんの翻訳会社に登録することを目標とせず、じっくりと腰を据えて目の前の仕事に取り組むべきだと思います。それでは生活が立ち行かなくなる?そのような経済状態であれば、やはり最初は二足のわらじ期間を設けた方がいいかもしれません(もちろん、最初からスムーズにスタートできる方はこの限りではありません)。

翻訳とはまったく関係ありませんが、文具屋さんでバイトを始めたとき、プレゼント包装の仕方を教わっていて言われたことがあります。「ゆっくり丁寧には誰でもできる、素早く丁寧にできるようにならなきゃダメ」と。

そうして数をこなすうちに、同じ品質を保ちながらも翻訳スピードが上がってくるはずです(その後、より一層品質を向上させたいと考え、またスピードが落ちる時期がくるかもしれませんが、それはこの記事では横に置いておきます)。

さて、ここまでは翻訳を始めて間もない方が納期の理由からチェッカー泣かせの訳文を納品する可能性について書きました(当然、それ以外の可能性もあるでしょう。「そもそもトライアルの内容が実務に沿っていない」とか)。でも、チェッカー泣かせの訳文を納品する翻訳者さんが必ずしも駆け出しだとは限りません。

「じゃあ、駆け出しでもない翻訳者さんの訳文の品質が低い(つまり、トライアルに合格できるようなレベルに達していないと思われる)のはなぜ?」

なぜでしょう。私も知りたいです。可能性の1つとして考えられるのは、スピードや作業量だけを追及した結果、能力が下がってしまった。あるいは、他の質の悪い翻訳を目にするなかで、自分もそのレベルでいいんだと錯覚してしまった。(※ここでは、たまたますごく難しい案件だったり、専門外の案件だったという可能性は省きます。仮にそうだとしても、一定以上の実力を持つ翻訳者ならそこまでボロボロのものは出さないと思いますが。)

もちろん生活を維持するために仕事のスピードや作業量は重要ですが、品質を犠牲にしてどうするんでしょうか。当然、報酬や納期、難易度に応じて求められる翻訳の質というのはあると思うので、過剰に高い品質を追求する必要はないだろうとは思います。ここでは、「案件ごとに求められる品質」を満たしているかどうかのお話をします。

上記のとおり、スピードや作業量を重視して一次訳のレベルで出してしまったとしたら、それはもうプロとは言えませんね。求められる品質を満たすために、一次訳を経て、推敲でどこまで完成度を上げられるかが翻訳者の真の力の見せ処ですよね。一次訳で原文をある程度「読み込んだ」翻訳者だからこそ、「推敲」という作業ができる。

ここでようやく本題。チェッカーのお仕事についてです。

他の人が翻訳したもの」をチェックしなければならないチェッカーさんが、「一度原文に目を通しただけ」で「推敲」できるわけがないんです。それ(推敲)を、通常は「翻訳者より報酬が少なく、リードタイムの短い」チェッカーさんに期待するのが間違っています。チェッカーさんがせいぜいできるのは、原文と突き合わせて、誤字、脱字、数字の誤り、(必要最低限の)不自然な日本語の修正、(必要に応じて)専門用語のチェック、そして、訳抜けがないかのチェックまででしょう。

つまり、未来堂さんのおっしゃるとおり、本来「リライト」(推敲)はチェッカーの作業範囲ではない、ということです。いくら優れたチェッカーを用意しても、翻訳者の訳文の底上げを図らない限り、いつまでたっても良くならない。

「単純明快じゃないか、じゃあチェッカーは悩む必要ないね?」

いいえ。なぜって、チェッカーは別の翻訳者が兼任することが多いからです。自分の仕事に高い信念を持っている翻訳者ほど、チェッカーをする場合に品質の低い翻訳を見るとものすごい葛藤が生まれます。自分の手を経てクライアントに出ていく以上、しっかりとした完成品を納品したいんです。それができない。そうしようとすると、本来のチェッカーの責任範囲を超えて作業しなければならなくなる。最悪、自分が一から翻訳するよりも、ストレスも時間もかかってしまう。

「じゃあ、何が望みなの?」

少なくとも、私の望みは、

①翻訳会社は、それを理解して翻訳者を選定すること(トライアルの内容をより実務に沿ったものにする、など)。
②翻訳会社は、チェッカーに過度な期待を寄せないこと。
③翻訳会社は、チェッカーに作業内容(責任範囲)を明確に指示すること(ケアレスミスのチェック)
④チェッカーの本来の責任範囲を超える作業については、翻訳会社がチェッカーに別途依頼し、その分の報酬を払うこと。
⑤そうでなければ、翻訳会社は、ケアレスミス以外のクライアントからのクレームをチェッカーのせいにしないこと。
⑥翻訳会社は、過去にクライアントから(ケアレスミス以外で)クレームを受けた翻訳者を使うことに慎重になること。
⑦翻訳者は、プロ意識を持ち、求められる品質を犠牲にしてまでスピードや作業量を追及しないこと(もしそんな事実があれば)。
⑧翻訳者は、自分の訳文を客観的に評価できるような目を養う努力をすること。

です。そうすれば、翻訳者本人も、「チェッカーに改悪された」なんて怒る必要がなくなります。もちろん、クライアントからの(ケアレスミス以外の)クレームは、プロの翻訳者なら受ける覚悟はあるでしょう。チェッカーがいる前提で(そういう気持ちで)作業するのは「プロ」とは言えないですもんね。

チェッカーも自分の責任範囲が明確になり、ある程度割り切って作業できるので、ストレス(葛藤)が軽くなるんじゃないでしょうか。

ということで長々と書いてしまいましたが、結局言いたかったことは最後の部分です。

翻訳者はその求められる品質をしっかりと満たす。一方、チェッカーは本来の責任範囲だけを作業すればいい

そうすれば、少なくとも今よりはハッピーな人が増えるはず。その鍵を握るのは「間に立つ翻訳会社の能力」ということでしょう。

なにより、翻訳者、チェッカー、翻訳会社(、そしてできればクライアント)が一体となってよいものをつくっていければいいですね!

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翻訳のお仕事をするようになって、「幼少期も含め若い頃にいっぱい本を読んでおいて良かったな」と思うことが多々あります(インプットばかりでアウトプットを全然してこなかったので、その点は悔やまれます)。難しい文学作品やノンフィクションなどはあまり手に取りませんでしたが(汗)、マンガも含めると読書量は1万冊を優に超えるんじゃないかと思います(気に入ったのは、何度も読み返しますしね)。

お仕事でも、遊びの少ない事務用/基幹業務用製品のマニュアルよりはブログ記事の方が好きです。
今年に入ってトライアルを受けた新規クライアントの案件(ブログ記事)を担当するようになりましが、その製品は幅広い分野に応用されているので毎回最先端の話題に触れられて、翻訳していてとてもやりがいを感じるし、おもしろいです(その分、難しさも当然ありますが)。

大人になって「時間が取れない」を言い訳にあまり本を読まなくなったので、今は当時の貯金を取り崩している感じがします。自分の訳文が原文にひっぱられてどこか気持ち悪いというのはわかるのですが、すんなり適訳が出てきてくれないことも日常茶飯事。いつも「違う、違う、そうじゃない」と思いながら、自分の記憶の引き出しを片っ端から開けようと必死です。ただ、「どこか気持ち悪い」と思えるのは、たくさん本を読んでいたおかげかな、とは思います。

そんなわけで、今は無理にでも時間をつくってもっと本を読まなきゃなぁと切実に感じます(ネット上の記事はけっこう読んでいますが、やはり紙媒体とは何かが違う)。

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今思い出しましたが、中学の頃に『グイン・サーガ』に出会って、当時出てた分は一気に読みました。途中で挿絵が天野喜孝さんに変わって、当時の私にとっては苦手な絵だったのでちょっと残念でした。その後も、新刊が出るたびに読んでいましたが、いつの間にか読まなくなってしまったなぁ。作者さんが亡くなったのは知っていたのですが、結局まだ完結していないのかな?わりと最近、アニメにもなっていたんですね。

天野喜孝さんといえば、子どもが生まれてからNHKの教育番組をよく見るようになりましたが、「やさいのようせい」の絵は天野さんだったんですね。気付きませんでした。あの絵はやさしいタッチで、かわいらしくて好きです。

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以前、「客先指定の用語集はあくまで「参考」というお話」という記事を投稿しました。

しかし、「参考」とはいえ、支給された用語集を確認することは基本中の基本です。そこからその用語集の訳語を採用するかどうかを辞書やWeb検索、あるいは自分の日本語の感覚でもって判断することが大切だ、というのが前回のお話。

でも、今回言いたいことはもっと基本的なこと。文脈によって表現を変えるべき単語が用語集に登録されている場合の話ではありません。

IT翻訳では、大規模・短納期案件の場合、複数の翻訳者がTradosでTM(翻訳メモリ)を共有して翻訳を同時に進めます。1つのファイルを複数人で分割する場合もあれば、1つのプロジェクトに含まれている数十個の関連ファイル(ある新製品に関するプレゼンテーション用PPTファイル、ホワイトペーパーのPDFファイル、操作手順に関するWordファイルなど)を分担する場合もあります(後者の場合の方が多いのかな?)。

いずれにしても、各翻訳者がしっかりと「訳語の統一」を意識して進めないと、同じ意味を持つ単語にばらばらの訳語が使われ、混乱が生じてしまいます。

また、同じ単語でも客先によって表現が違うので、いくら辞書を引くまでもない単語であっても、特に初めて担当する客先の場合は絶対に用語集の確認を怠ってはいけません(たとえば、IT翻訳ではおなじみの「interface」という名詞の訳語、A社は「インターフェイス」、B社は「インターフェース」と、客先によって使い分けなければならないことはざらです)。

「何を基本的なことを...」と思われるかもしれませんが、実際に先週終わった大規模案件で、私を含む複数の翻訳者がTMを共有して複数ファイルの翻訳を同時に進めていたとき、明らかに用語集を確認せず翻訳を進めている翻訳者さんがおられました(たとえば「reboot」という単語。用語集に「再起動」と登録されているにもかかわらず「リブート」とカタカナ書きしてしまうなど)。

その間違いが、その人の担当ファイル内で完結しているなら「リブート」としても大きな問題にはならないでしょう。しかし、その翻訳者さんの進めているファイルと自分が担当しているファイルの文章が同じ、またはマッチ率が高い場合には、その人がTMに登録した既訳が自分の作業ファイルに挿入されてしまうのです。

この場合、自分は用語集に沿って「再起動」で統一しているので、そこに「リブート」が混ざると、それを修正する手間、報告する手間など、不要な手間がかかります(不要な精神的ストレスも...)。※この、同時進行している他の翻訳者さんの既訳が挿入されるしくみには、報酬にかかわる別の大きな問題もあるのですが、それはまたいつか別記事で書きたいと思います。

これは今回に限ったことではありません。これまでも「なぜまず用語集を確認しない?」と感じることはけっこうありました。「用語集の検索はめんどうだ」「この単語は知っているから用語集なんて見る必要ない」と感じている人がいるなら、もう一度よく考えてみてほしい。用語集が支給されている理由を。あなたが楽をした分、他の翻訳者にそれ以上の手間をかけさせていることに気付いてほしいです。

このことは過去案件のTMを支給された場合にも当てはまります。過去に担当した翻訳者さんがしっかりと用語集を確認しているとは限らない。TMに登録されている単語でも、まずは用語集を確認してください。それに、以前は定訳だったものが見直され、変更されている場合もあるので、定期的な用語集の確認は必要だと思います。

「じゃあ、そんな(分担して進めるような)仕事、受けなきゃいいんじゃないの?」っていうご意見があるのも、おっしゃっている意味もわかりますが、「受ける受けないは人それぞれの価値観で決めればいいんじゃないの?」と私は思います。他の翻訳者さんの訳文が見えるというのは、自分の翻訳作業上の支障になることも多いのは確かですが、自分ならしないだろうという言い回しを見かけ、その翻訳者さんの頭の中の流れが垣間見えておもしろいこともけっこうあります(ひたすら「なんでこの人はこんな風に訳したんだろう???」と困惑してしまうことも当然ありますが、それはそれで興味深い)。

最後に補足すると、少なくとも私が契約している翻訳会社の場合、複数人で分担して翻訳作業を進めていても、翻訳者どうしが直接連絡を取るための手立てはありません(お互いの名前すら知りません。TMに登録された訳文には各翻訳者のIDナンバーも記録されるので、同じ人が訳したものかどうかはわかります)。トラブルを防止するためだというのはわかりますが、歯がゆいですね。

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2週間の(私としては)長期案件が終わりました~。
手持ちがあと2件ありますが、それぞれ1日分の定期案件なので気が楽です。

ここ1週間は勉強の時間も取れず、ひたすら仕事(と家事)をしていました。ブログに書きたいこともいっぱいあるんですが、まずはお仕事優先。

私は普段、コーディネーターさんに1日2000ワード前後で予定を組んでもらっているのですが、長期案件の場合は急ぎの案件や月例案件の差し込みがあることを想定してゆるめに予定が組まれます(それでも、差し込みが多くてどんどん後倒しになっていく...)。

私は翻訳会社1社にしか登録していないと以前に書きましたが、客先によって担当のコーディネーターさんが変わるので、常時5、6人の方から連絡をいただきます(たまに連絡をいただく方を合わせると、もう少しいらっしゃるかな)。

差し込み時のスケジュール調整はコーディネーターさん間でしていただけるので、そういうところが1社契約の魅力だと感じます(一般に、「たくさんトライアルを受けて自分の実力を確認し、より待遇のいい翻訳会社に乗り換えていく(または、いくつかの翻訳会社に登録しておく)方がいい」というご意見も多々見かけますし、否定する気もまったくないですが、そこらへんは人それぞれの人生観・価値観で決めればいいかな、と私個人は思います。どのような形でも、実力が足りなければ淘汰されていくでしょうし、それもまた人生。都度真剣に向き合えば、次につながることが得られるはず)。

自分自身が実際に感じている1社契約の利点(少なくとも、私自身に合っている点)も別記事で書きたいと思っています。

それにしても、長期+差し込みのコンボは一番苦手かも...

私はいつもまずは書き手になりきろうとする憑依型(?)なので、別案件の差し込みが入ると精神的なリカバリに時間がかかります。仕事をしながらブログ、Twitter、Facebookと使いこなされている方はすごいですね。

それに長期案件はTradosでメモリを共有しながらということも多いので、どうしても他の翻訳者さんの訳語・訳文が目に入り、ただでさえ集中できない要素がてんこもり。

メモリを共有する作業にはたくさん問題があるので、これについても追々書けたらいいと思いますが、「客先から要求された限られた時間で1つのものを作り上げようとする努力」というのかな、そういう空気の中に身を置くのは嫌いではありません(作業上のフラストレーションはさておき)。新鮮、というか...。

それではまた、仕事に戻ります。

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