めぐりめぐらせ ~ある翻訳者の関心事~

在宅翻訳歴9年目の「めぐり」と申します。分野は「IT/ビジネス」、言語は「英→日」です。 twitter: @meguri_megurase

カテゴリ: 人生

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最近、ある心境の変化からスペイン語を勉強しようと考えるようになりました。

その理由は、twitterでフォローさせていただいている方が1か月ほど前に紹介されていたこちらのtogetterの記事です。

海外に住む日本人シニアがボケて、日本語しかしゃべらなくなることについて
(※Hiroyuki Takenagaさんという米国在住の方のツイートとその関連ツイートをtazawa(@tazawaw)さんという方がまとめられたものです。)

実は今までプライベートで直接やりとりさせていただいた方を除き公言していなかったのですが、うちはいわゆる国際結婚で、だんなさんの母国語がスペイン語なのです。

公言していなかったのは、ブログとtwitterを始めた目的が「翻訳者」としての自分の頭の中を発信することだったので、「うちの家庭環境は関係ないだろう」と、特にその必要性を感じなかったためです。

英語圏で出会ったこともあり、だんなさんが日本に来て最初のうちは英語で会話していましたが、子どもが生まれたのを機になるべく日本語で話すようになりました。日本でこれからずっと家族で住むためには、だんなさんの日本語習得が最優先事項でしたから。

私自身はスペイン語をどうしても話さなければならない環境に身を置いたことがなく、スペイン語を勉強せずにきました(スペイン語のテキストは何冊か持っていますが、開くたびに男性名詞・女性名詞、その他もろもろの変化形を見ては眠くなり、早々に挫折していました)。いずれにしても、「何かあれば英語でコミュニケーション取れるんだから...」と思っていたのです。

でも、このtogetterを見て少し気が変わりました。「じゃあ実際にどんな勉強を始めたの?」と言われると、だんなさんに自分が知っている単語で話しかけるようになった程度ですが、心境の変化があっただけでも今までの自分からすれば大きな一歩です。

本題に移ると、このtogetterでは、主に海外に住む日本人シニアが話題になっていて、その方たちが認知症やアルツハイマーを発症すると、途中で習得した言語を忘れて母国語しかしゃべらなくなり、現地語しかしゃべれない家族や友人とコミュニケーションが取れなくなるというものです。

このような話は今まで聞いたことがなかったので、最初見たときは寝耳に水、青天の霹靂といった気分でした。将来、自分の大切な家族とコミュニケーションが取れなくなる可能性があるなんて...。なんだか悲しくなって、同時になんともいえない焦りも感じました。

早速だんなさんにこのことを伝え、togetterを読んでもらい、少しずつスペイン語を普段の会話に取り入れることにしました。子どもには強制しておらず、親が会話している様子を見て何か感じてくれればいいなという段階です。思春期にさしかかろうかという年頃なので当分様子を見ようと思います。最近は日本語onlyでしゃべることの多い父子ですが、もう少し小さい頃はだんなさんがスペイン語で話しかけてから日本語で言い直すということをしていました。むすこはスペイン語を話せませんが、簡単な会話なら理解できると思います。あのとき私がもっと協力的だったらなぁ...と悔やまれてなりませんが、過ぎたことを言ってもしょうがないのでこれから少しずつ努力していこうと思います。これまで日本語を覚えようと頑張ってきてくれただんなさんも、自分の母国語を少しずつ覚えようとしている私を見て嬉しそうにしてくれています。そして、そのだんなさんの様子を見て私も嬉しい。

今回このことをブログに書こうと決めたのは、もしかしたらほかにもこの情報を必要とされている方がおられるかもしれないと思ったからです。海外在住の方もおられるでしょうし、うちのように日本に住んでいてパートナーの母国語をしゃべれない方もおられるでしょう。もちろん誰もが将来母国語しかしゃべれなくなることはないと思いますが、私がこのtogetterを今知って良かったと思ったように、そう思う方もおられるかもしれないと...。何かあっても知っていたのと知らなかったのとでは大違いですから。

最後に、このトピックをtwitterで発信してくださった方、togetterにまとめてくださった方、togetterを紹介してくださった方、ありがとうございました。この情報は私にとってeye-openerとなりました。

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今日、また1つ人生の節目を迎えた。
せっかくの機会だから、ここで一度ざっくりと今の想いをまとめてみたい。

それにしても傍から見ると一貫性のない人生を歩いてきたんだろうな、と思う。
取り立てて自慢できる学歴や職歴、特技があるわけでもないし、「後悔はない」と言えるほどしっかりと生きてきたわけでもないが、「自分の人生を自分で決めてきた」ということは言える。だからこそ、結果がどう転んでも人のせいにはしたくない。そして、同じように人の人生にも敬意を払いたい。それだけはこれから先どんな状況にあっても、私が私でいる限り変わらないだろうし、変えたくない。

改めて人生を振り返ってみると、寄り道の多い、それでも1本につながる太い線が自分には見える。これまでやってきたことのどれか1つが欠けても今の自分はないだろう。こうして翻訳の仕事をしているのもその結果だ。これがまた今後の人生に何らかの形でつながっていくにちがいない。

物心がついたころから「自分は何のために生まれてきたんだろう」となんとなく考えながら生きてきた。感受性の強い子だったんだろう。ずっと他の人とはオブラート1枚隔てたところにいるような感覚がつきまとってきた。この感覚は、「自分は特別だ」とかそういうのではなく、なぜかもわからないが、ときにそれは寂しい。このオブラートをはがしてしまえれば楽なのにとも思うが、一生ついてまわるものかもしれないし、まだ「そのとき」が来ていないだけかもしれない。

そして、「何のために生まれて...」という自分に対するその問いは、歳を重ねるほど強くなる一方だった。子どもを産み、「母」として生きる自分と、それまでの自由に人生を選択してきた「個」としての自分との葛藤もあった。自分が自分でなくなるような焦り。誰しも大なり小なりそんな想いは持っているのかもしれないが、そういったことを口にする人は私の周りには少ない。幸い、主人は違う。毎年、お正月になれば「今年の目標は何?」と当たり前のように聞いてくる人だ。「何かしたいことがあったら、いつでも応援するよ!」と。出会ったころ、「僕はパートナーだけど、ずっと一番の親友でもあるから」と言ってくれた。その関係は一児の親となった今も変わっていないと思う。とても感謝している。家の中では折に触れ人生の話をしている。息子ともだ。今はよくわかっていないかもしれないが、どんな人生を歩もうと、自分で考え、自分の責任は自分でとれる人間になってほしい。

私はこれまで、「何のために」と自問し続けているのは、はっきりとした「人生の目標」を持っていないからだと思い込んでいたし、それを見つけようともがいてきた。でも、ここ数年は「そうじゃないんだ」と思うようになった。もちろん、目標を持って生きられればそれに越したことはないだろう。でも、1本の線となった過去を顧みたとき、その時々で「一所懸命」だった自分の姿があった。その都度成し遂げたことは、他の誰でもない「自分」だったからこそできたものだと思う。「ああ、それでいいんだ」と実感を持って思えた。もちろん人間だからずっと走り続けることはできないが、そのときの精一杯でやっていけば、また節目が来て振り返ったときに少し伸びた1本の線となって見えるのだろう。そして、ある日自分が最期を迎えたとき、初めて「ああ、自分の人生の意味はこういうことだったんだ」と思える、それでいいんじゃないかと。

今はそんな人生観でもって生きている。忙しい日常の中では流されがちになっても、ときどきこうして確認するようにしていきたい。

仕事に対しても同じスタンスだ。「ワーク・ライフ・バランス」とうことばがあるのは承知しているし、大切だとも思うが、私の人生において仕事は大きなウェイトを占めている。とても切り離せるものではない。自分の中で「仕事」と「何のために」はきっとどこかでつながっているんだろう。どのような仕事をするにしても「この人になら任せられる」という働きをしたい。それは翻訳でも同じだ。

翻訳については、まだまだ自分の満足できるレベルに達していない。「書いた人の伝えたい想いをそのまま訳文に乗せ、読んだ人が元々日本語で書かれた文のように違和感なく受け取り、すがすがしい気分で読み終える」、そんな文章を書くことが現在の仕事上の目標だ。

まだまだ道半ば。これから何があるかわからないし、人生の選択を迫られることも増えるだろう。
でも大丈夫。今はそう思える。

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